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2018-08-09

御撰象棊攷格 続

いろいろと、ネットで検索していると、、

詰将棋博物館に記事( 門脇さん?)があった。

彼の詰将棋百番『御撰象棊攷格』は天明5年に完成したもので、『徳川実紀』の「浚明院殿御実紀付録三」に次の記述がある。

「御晩年にいたりて閑暇の御遊戯には常に象棋をなされけり。その業の者にては伊藤宗印、宗鑑〔看〕、 大橋印寿をめして対手とせらる。御穎敏にましましけるゆゑほどなく奥儀をきはめ尽くし玉ふ。後には詰物といふ書をさへあらはし玉へり。詰物といへるは老成堪能にいたらざれは著しがたきを、わづか一、 二年の間にゑらみ玉ひしかばその職の者どもおそれ奉れりとぞ。その著なりて名をは成島忠八郎和鼎に命ぜられしかば、象棋攷格として奉り、今も御文庫に現存せり。」

『徳川実紀』に「攷格」があるので、『御撰象棊攷格』としたのかな?

題簽では「工」と「攴」の組み合わせと「攻」の字が両方載っていたりするので、やはり別な字「攷」なのかなー 

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「詰将棋」カテゴリの記事

コメント

本題とはあまり関係ありませんが、門脇さんはしばしば原文を改変される傾向があるので、孫引きには注意が必要です。
「玉ふ」「玉へり」「玉ひしかば」「その著なりて」は「たまふ」「給へり」「給ひしかば」「其書なりて」が正しいです。
これなどはマシな方で、詰パラ1969年3月号の「八代宗桂『将棋大綱』の研究」に引用してある二代宗印の勇略の写本冒頭の松浦大六の緒言は、原文とは大いに違います。


借り猫さんと、門脇さんは、違う資料を見ておられるのでしょう。

江戸時代は、「音さえあっておれば、表記はどうでもいいよ」、というようなことだったのでは?

「誤る」を「謝る」とする類ですね。
確かにその可能性もあるかも知れませんが、実物(国立公文書館のホームページで「浚明院殿御実紀附録巻三の冒頭部分を見ることができます」、翻刻(国会図書館のデジタルコレクションに明治37年刊の経済雑誌社の御実紀附録巻三があります)、いずれも「玉」ではないので、門脇さん、悪い癖が出ちゃったなあと。

詰将棋博物館の文は(門脇さんでなく館長さんが書かれたものかもしれないが、いずれにせよ)オリジナル(自身で手書き原文を読んだもの)ではなくて、どこからかの引用でしょう。原文とは違う文字遣いの翻刻を孫引きした問題はあるにせよ、門脇さんまたは館長さんが文字変更をしたとはいえないでしょう。「玉」を使った引用元としては、近いところで山本亨介『将棋文化史』(昭和38年、朝日新聞社刊)があるのでこの辺かもしれません。しかし、山本さんも原文に当たったのではなく、明治政府肝いりの『古事類苑』(明治29年~大正3年)から引用している可能性が高いと思われます。

詰将棋博物館の攷格の記事は原文の通りで門脇氏の書き換えではありません. この文章は「古事類苑(遊戯部一)」163ページに収録されており, 門脇さんはここから引用したものと思われます. 「玉ふ」, 「玉へり」など当時はこのような当て字を使うことは普通であり決して珍しくありません.

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